DEATHRO

DEATHRO

DEATHRO简介DEATHRO(デスロ、1984年12月30日 - )は、日本のロックボーカリスト/シンガーソングライター。神奈川県県央出身&在住。地元を拠点に楽曲制作を行い、全国各地でライブ活動を行う。人物/音楽性ソロになったきっかけCOSMIC NEUROSEラストライブの翌朝、デモ制作を開始した事による。1stソロ・アルバムのインタビューでは、「誰かの生活の一部になるような、ふとした時に口ずさめるような歌を書きたい。」[27]と語っている。一番最初に作ったのは「BE MYSELF」。バンドサウンドが好きなことから、ライブでは基本的にバックバンド(TEAM DEATHRO)にサポートしてもらう体勢をとっているが、時にTV-STYLE(生演奏なし)、Beatless Lonely Set(弾き語り)形式、またはゲストを招きコラボする場合もある。ファッションに関しては、いつの時期も「自分がカッコイイと思うボーカリスト像」を意識している。影響を受けた音楽小学生の頃、姉の影響で氷室京介やBOOWYを聴く。中学生の頃、メジャーデビューしたてだったPENICILLIN、ROUAGEを聴いたきっかけでD'ERLANGERを知り衝撃を受けたが、当時D'ERLANGERは解散していたことからCRAZEを知り、以降大きく影響を受ける。同時期フールズメイトなどの雑誌のディスク・レヴューから、LessThanTVを始めとするハードコア・パンクを知り、以降のめり込むようになった。インタビューでは、ハードコア・パンクからは思想・信条も含め大きな影響を受けていると語っており、音楽的な興味は徐々に原点回帰していったと言う。ORIGINAL KEN-O STYLE自身が神奈川県央地域出身&在住である事のオリジナリティを、楽曲に打ち出して行くことに強く意味を感じている。 ソロとなった時やりたかった事として、メロディへの欲求・ルーツであり敬愛するJ-ROCK/BEAT ROCK・そこ(KEN-O)に住む者の、生きる事への焦燥、空虚さ、飲み込まれまいとしている姿、発信したいと言う思い。これらが融合したサウンドを、『ORIGINAL KEN-O STYLE J-ROCK』として標榜している。1stアルバム「PROLOGUE」発売後のインタビューでは、PUNK/HARD COREのキャリアとは別に、フォーク、歌モノで勝負しているアーティスト達の作品を多く聴くなかで、自身も一人のアーティストとして勝負したいと思うようになったと語り[30]、多くの人に届けるため、聴きやすさに対しての意識、J-ROCK的なアプローチのポピュラリティを獲得、打ち出したいとも語っている。